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大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)1885号 判決 1968年4月19日

控訴人 奈良いすず自動車株式会社

みぎ代表者代表取締役 赤野末治

みぎ訴訟代理人弁護士 高天弘房

被控訴人 田中実

みぎ訴訟代理人弁護士 高原順吉

主文

一、原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

二、控訴人が訴外秋森清勇に対し別紙目録記載の自動車を引き渡すのと引きかえに、被控訴人は控訴人に対し金七一万六、二〇〇円とこれに対する昭和四二年四月一四日からみぎ支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

三、控訴人のその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、控訴会社代理人

(第一次請求)

(一)原判決中控訴人敗訴部分を取り消す

(二)被控訴人は控訴人に対し金七一万六、二〇〇円とこれに対する昭和四〇年九月一〇日からみぎ支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

(三)訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(第二次請求)

(一)(三)は同じ

(二)被控訴人は控訴人に対し金七一万六、二〇〇円とこれに対する昭和四〇年九月一〇日からみぎ支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(第三次請求)

(一)(三)は同じ

(二)被控訴人は控訴人に対し金七一万六、二〇〇円とこれに対する昭和四二年四月一四日からみぎ支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

との判決と仮執行の宣言

二、被控訴代理人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二、当事者の事実上の陳述、証拠の提出援用、認否

(事実関係)

一、控訴会社代理人

(本件請求の原因事実)

(一)控訴会社は自動車およびその部品の販売などを業としているが、昭和三九年一月二八日訴外秋森清勇に、別紙目録記載の自動車(以下本件自動車という)を次の約束で売却した。

(1)代金は金二二三万二、六五二円とし、これを次のとおり分割して控訴会社の営業所に持参または送金して支払う。

(イ)昭和三九年一月二八日に金二〇万円

(ロ)昭和三九年三月から昭和四〇年九月まで毎月末日かぎり金一〇万一、〇〇〇円宛

(ハ)昭和四〇年一〇月三一日に金一一万三、六五二円

(2)本件自動車の所有権は、代金完済まで控訴会社に留保する。

(3)みぎ秋森清勇がみぎ割賦金の支払いを怠ったときは、控訴会社は、なんらの通知または催告その他の手続を要しないで本契約を即時解除することができる。

(4)契約解除の場合、秋森清勇は控訴会社に直ちに本件自動車を返還し、控訴会社はこれを処分し、その売却代金をもって本件自動車の回収費用、処分費用ならびに秋森清勇の控訴会社に対する一切の未払代金に充当し、なお不足額がある場合は、秋森清勇は控訴会社に対しみぎ不足額とこれに対する日歩八銭の割合による遅延損害金を支払う。

(二)被控訴人は、みぎ契約締結の日秋森清勇のみぎ債務の連帯保証をした。

(三)秋森清勇は、みぎ売買代金中(イ)の金額と(ロ)のうち昭和三九年五月分までの合計金五〇万三、〇〇〇円を支払ったが、同年六月からの割賦金の支払いをしなかった。

(四)(1)そこで、控訴会社は、昭和三九年一一月二三日に秋森清勇に到達した内容証明郵便で、同人に対し本件売買契約を即時解除する旨の意思表示をした。

(2)この意思表示が無効であるのなら、本件訴状によって、また予備的に昭和四二年四月一〇日付準備書面(同月一三日被控訴人に到達)によって、それぞれ契約解除の意思表示をする(最判昭和四一年一一月一〇日民集二〇巻一七一二頁参照)。

(五)この意思表示が有効である理由は次のとおりである。

秋森清勇は、本件売買契約締結当時大阪府警察官であったが、他方土木建築請負業をも営んでいたから、商法五〇二条五号で同人は商人であって、この営業のため本件自動車を購入したことにより、本件売買契約は同人の商行為となる(商法五〇三条)。

仮にそうでないとしても、本件自動車の買入れは、同人の単独または被控訴人との共同経営に係る土木建築請負業の準備行為としてであり、みぎ営業と関連があるから、秋森清勇のため商行為となるものである。

そうすると、割賦販売法(以下割販法と略称)五条三項によって、同条一項の通知は不要であり、前記本件売買契約の条項中(3)の特約により、即時解除ができるとしなければならない。

(六)仮に、本件売買契約が秋森清勇のため商行為とならないとしても、控訴会社が被控訴人に差し出した前記内容証明郵便が被控訴人に到達して二〇日を経過した昭和三九年一二月一四日、割販法五条一項に則った契約解除がなされたことになる。この停止条件付解除の意思表示が認められないのなら、本件訴状または昭和四二年四月一〇日付準備書面によって本件売買契約解除の意思表示をする。

(七)このようにして、本件売買契約は適法に解除されたので、控訴会社は、昭和三九年九月ころ秋森清勇から本件自動車の返還を受け、金二三万六、五四八円の修理費を必要とする補修をし、これを昭和四〇年一月一三日訴外山本義信に金一二五万円で売却した。この代金から修理費を控除した純収入金一〇一万三、四五二円を、割販法六条一号所定の商品返還時の価額とし、これと、秋森清勇の既払代金額金五〇万三、〇〇〇円とを、本件割賦販売価格相当額金二二三万二、六五二円から控除すると、なお不足額金七一万六、二〇〇円を生じ、これが、みぎ解除により控訴会社が被った損害の額に当る。

(八)被控訴人は、連帯保証人として、控訴会社に対し、この金員を支払わなければならない。そこで、控訴会社は被控訴人に対し次の請求をする。

(1)第一次請求(本件売買契約が秋森清勇のため商行為となる場合)

金七一万六、二〇〇円とこれに対する本件訴状が被控訴人に送達された日の翌日である昭和四〇年九月一〇日から支払いずみまで年六分の割合による遅延損害金

(2)第二次請求(本件売買契約が秋森清勇のため商行為とならない場合)

金七一万六、二〇〇円とこれに対する同日から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金

(九)以上いずれも理由がないときは、予備的に第三次請求として約束手形の手形金の支払いを求める。

(1)控訴会社は被控訴人が控訴会社に振り出した別紙約束手形目録記載の約束手形七通(以下本件手形という)を所持している。これらの手形は、本件自動車の代金支払いのため振り出されたものである。

(2)控訴会社は、本件手形を本訴で呈示する。

(3)そこで控訴会社は被控訴人に対し本件手形のうち1の約束手形の金額のうち金九万七、五四八円と本件手形のうち2ないし7の約束手形の各金額の合計金七一万六、二〇〇円とこれに対する前記準備書面が被控訴人に送達された日の翌日である昭和四二年四月一四日から支払いずみまで年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、被控訴代理人の答弁と主張

(一)控訴会社主張の請求の原因事実中(一)ないし(四)の(1)の各事実、(五)の事実中秋森清勇が本件売買契約締結当時大阪府警察官であった事実および(九)の(1)の事実は認める。

(二)本件売買契約の解除は次の理由で無効である。

(1)秋森清勇は控訴会社主張のとおり割賦金の支払いを怠ったので、被控訴人は昭和三九年九月六日同人とともに控訴会社に行き、控訴会社の販売掛主任訴外永尾義明と交渉の結果、控訴会社との間で、同月分からの割賦金の支払いは契約どおり履行し、同年六月から八月までの分は、一か月金三万円の割合による違約罰とともに支払うことおよび本件自動車の買受人を訴外西田昭三にすることの示談が成立した。したがって、秋森清勇が割賦金を支払わなかったことを理由に控訴会社が本件売買契約を解除することはできない。すなわち、みぎ示談契約によって控訴会社の解除権は消滅した。

(2)仮にそうでないとしても、秋森清勇は、本件売買契約締結当時、大阪府警察官であって、土木建築請負業を営むものではない。本件自動車の実質上の買受人は土木建築業を営む訴外南口正己であった。したがって、秋森清勇の本件自動車の買入れは、同人の商行為のためにするものではない。そうすると、割販法五条一項に違反しており、控訴会社主張の内容証明郵便でする解除はもとより、本件訴状や主張の準備書面でする解除も無効である。

(三)控訴会社は予備的主張として本件売買契約の存続を前提に、その売買代金の支払いのため被控訴人が控訴会社に振り出した本件手形の手形金の支払いを請求している。

そこで、被控訴人は、本件自動車を買主である秋森清勇または西田昭三に引き渡すよう同時履行の抗弁を主張する。

三、以上のほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、ここに引用する。

(証拠関係)≪省略≫

理由

一、控訴会社主張の本件請求の原因事実中(一)ないし(四)の(1)の各事実については、当事者間に争いがない。

二、控訴会社のした本件売買契約の解除について、

(一)  控訴会社が、昭和三九年一一月二三日秋森清勇に到達した内容証明郵便によってした解除の意思表示について、

(1)  被控訴人は、控訴会社との示談契約の成立によって解除権は消滅したと主張しているが、この主張は理由がない。その理由は原判決六枚目裏末行の冒頭から、七枚目裏三行目までと同様であるから、ここに引用する。

(2)  割販法五条一項は、割賦販売業者が、指定商品に係る割賦販売契約を、賦払金の支払義務不履行を理由に解除する場合の制限規定である。控訴会社が割賦販売業者であることは、弁論の全趣旨から明らかな事実であり(割販法二条三条参照)、本件自動車が指定商品であることは割販法施行令一条別表二六によって明らかである。

したがって、本件売買契約は、割販法五条で規制されるから、同条三項によって、本件売買契約が購入者である秋森清勇のために商行為となるものであるときは、五条一項が適用されず、控訴会社の主張する、「秋森清勇が割賦金の支払いを怠ったときは、控訴会社はなんらの通知または催告その他の手続を要しないで本件売買契約を即時解除することができる」という特約が働き、この特約にしたがってしたみぎ内容証明郵便による即時解除は有効となるわけである。

(3)  そこで、本件売買契約が秋森清勇のため商行為となるかどうかを判断する。

(イ) 本件に顕われた全証拠を仔細に検討しても、秋森清勇が本件売買契約締結当時、警察官でありながら傍ら土木建築請負業を自ら営んでいたり、これを営むため準備行為として本件自動車を購入したことが認められる的確な証拠は見当らない。

成立に争いのない甲第一号証(本件売買契約書)には、「乙(秋森清勇)は上記車輛を乙の営む会社員業の為買受け本契約は乙の為商行為となるものである。」との約款記載があるが、「会社員業」というような商業はないし、当審証人永尾義明の証言によると、本件売買契約を担当した控訴会社の社員永尾義明は、秋森清勇が当時警察官であったことを熟知していたというのであるから、これらのことを併せ考えると、みぎ約款の記載から、直ちに、本件売買契約が秋森清勇の商行為のためであるとすることはできないし、原審での被控訴本人の尋問の結果中には、「秋森清勇は下請業者である。」旨の供述があるが、この供述も採用しない。

(ロ) 控訴会社は、秋森清勇は共同で土木建築業を営んでおり、またはこれを営む準備行為として本件自動車を購入したと主張している。

当審証人永尾義明の証言中にはこれにそう供述があるが、当審証人秋森清勇の証言や、原審での被控訴本人の尋問の結果と対比して、これを採用することができないし、ほかにこの事実を肯認することのできる証拠はない。

(ハ) そうすると、控訴会社の主張する本件売買契約が秋森清勇のため商行為となるとの点は、排斥を免れない。

(4)  以上の次第で、本件売買契約については、割販法五条一項の適用があり、したがって、控訴会社は、特約を楯に、主張の内容証明郵便で本件売買契約を即時解除することはできないとしなければならない。

(二)  控訴会社が、本件訴状または昭和四二年四月一〇日付準備書面で本件売買契約を解除する旨の意思表示をしたとの主張について、

(1)  近時消費経済が盛んになるにつれ、商品売買に割賦販売の方法が広く行きわたり、売主は代金回収に腐心するあまり、買主が割賦金の支払いを遅滞したとき、不当に大きな給付を強要するようになり、そのうえ、売主は大資本を背景に、売却条件、支払条件などについて一般的契約条項を利用して大量の商品を割賦販売にのせるため、買主は、この条項によってしか商品の割賦販売は受けられない不利益な立場に立たされ、この点で、買主は、売主と比較にならないほど法律上経済上不利益な地位にあるわけである。そのあらわれが、買主が割賦金の支払いを一回でも遅滞したときは、売買契約は当然に効力を失い、売主は催告を要しないで目的物の返還を求めることができるとする失権約款と、買主は期限の利益を失い売主は残代金を一時に請求できるとする期限喪失約款とである。

割販法(昭和三六年一二月一日施行)は、このように法律上経済上不利益な地位にある買主を保護するため制定されたもので、同法五条の規定は、他の規定とあいまって、同法の立法目的を貫徹する要諦となっていることは、同条の文言から明らかである。

したがって、当裁判所は、同条を解釈するには、強行法規として、厳格に、買主に有利なように解釈すべく、これを売主に有利なように、ゆるやかに解釈すべきではないとの見解をとる。

(2)  この見解からすると、本件訴状や主張の準備書面が同法五条一項の要件を満した書面に該当しないことは、これらの記載内容から明らかである。

控訴会社は、本件訴状や、主張の準備書面が被控訴人に到達後、五条一項にいう二〇日以上の相当の期間が経過すれば足りると主張しているが、このことが是認されるのなら、五条一項二項は無意義な規定となってしまい、五条が強行法規であるとの解釈とも相容れないもので、到底採用できるものではない(控訴会社援用の最判昭和四一年一一月一〇日民集二〇巻一七一二頁の判例は本件には適切な先例とはならない。)。

(三)  控訴会社は、本件売買契約が秋森清勇のため商行為とならないとしても、前記内容証明郵便、本件訴状、前記準備書面で本件売買契約解除の意思表示をしたと主張しているが、これらの書面が割販法五条一項に規定する書面に該当しないことは、さきに説示したとおりであるから、この主張は採用に由ない。

(四)  そうしてみると、控訴会社の本件売買契約解除の意思表示は無効であり、控訴会社と秋森清勇間には、なお本件売買契約は存続しているとしなければならない。

三、したがって、控訴会社の第一次請求、第二次請求は、その余の判断をするまでもなく、失当として棄却するのほかない。

四、控訴会社主張の約束手形金請求について、

(一)  控訴会社主張の(九)の(1)の事実は当事所間に争いがなく、(九)の(2)の事実は当裁判所に顕著な事実である。

(二)  そこで被控訴人の同時履行の抗弁について判断する。

本件売買契約は秋森清勇が買主であって被控訴人は、秋森清勇の控訴会社に対する買主として負担する債務の連帯保証人であることは当事者間に争いがない。そうして、被控訴人は、本件売買契約の売買代金支払いのため控訴会社に本件手形を振り出したことを自認しているが、その趣旨は、被控訴人が連帯保証人として、その債務を履行するため本件手形を振り出したとするものである。そう解しないことには、被控訴人が連帯保証人であることを無視することになる。

したがって、被控訴人は本件手形の振出人として、本件手形の受取人である控訴会社に対し、連帯保証人として本件売買に付着した原因関係上の抗弁を主張することができる筋合である。

ところで、連帯保証(民法四五四条)は、その性質は保証である(大判昭和一三年二月四日民集一七巻八七頁)から、主債務者の有する同時履行の抗弁権や期限猶予の抗弁権は、保証債務の附従性上、連帯保証人もこれを行使することができると解するのが相当である。

この視点に立って本件を観察すると、主債務者である秋森清勇に本件売買契約締結当時本件自動車は引き渡されたが、控訴会社は本件売買契約が適法に解除されたとして秋森清勇から本件自動車を引きあげてしまったことは控訴会社の主張自体から明らかである。

しかし、さきに説示したとおり控訴会社のみぎ解除が無効である以上、控訴会社は、被控訴人に本件自動車の代金支払いのため振り出された本件手形の支払いを求めるかぎり、控訴会社は、再び、秋森清勇に本件自動車を引き渡さなければならず、これを、本件手形金の支払いに対し被控訴人は原因関係についての同時履行の抗弁として対抗しうるとしなければならない。

そうすると、被控訴人の同時履行の抗弁は理由があることに帰し、控訴会社が秋森清勇に本件自動車を引き渡すのと引きかえに、被控訴人は、控訴会社に対し、本件手形の手形金額の合計額のうち控訴会社の請求する金七一万六、二〇〇円と、これに対する昭和四二年四月一〇日付準備書面が被控訴人に送達された日の翌日であることが本件記録上明らかな、同月一四日から支払いずみまで、年六分の割合による遅延損害金を支払わなければならないから、控訴会社の主張はこの範囲で正当として認容しなければならない。

五、以上の次第で、原判決中控訴会社の敗訴部分を取り消し、控訴会社の請求はみぎの範囲で認容し、その余の請求は棄却し、民訴法三八六条、九六条、八九条、九二条を適用し、仮執行の宣言については、これを付さないのが相当であるから、この申立てを却下したうえ、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 宅間達彦 判事 長瀬清澄 古崎慶長)

<以下省略>

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